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松山地方裁判所 昭和36年(行)3号 判決

原告 鴨頭武利

被告 大西町農業委員会

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和三五年八月末日に農地貸借関係の所有者台帳に、別紙目録記載の農地を耕作者片山幸一として記載した行為はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

一、別紙目録記載の農地(以下本件農地という)は原告の所有であるところ、被告は昭和三五年八月末日農地法第八四条に基いて作成する農地貸借関係の所有者台帳に本件農地を記載し、その耕作者欄に片山幸一と記入した。

二、しかし原告は本件農地を古くから自ら耕作しており、小作契約などによつて他人に耕作させたことはない。

三、ところで、被告のなした右台帳記載行為は単なる事実行為ではなく、本件農地を小作地と認定した行政処分であり、原告は右台帳の記載によつて次のように不利益を受けている。

即ち、原告は本件農地について訴外株式会社愛媛相互銀行のため抵当権を設定していたところ、同銀行より右抵当権の実行による競売の申立がなされ、松山地方裁判所今治支部昭和三五年(ケ)第五〇号不動産競売事件として係属中であるが、右競売手続において、右裁判所から本件農地の賃貸借関係の取調を命ぜられた執行吏が、前記台帳の記載に基いて賃貸借関係があると報告し、同裁判所も右報告に基き本件農地に賃貸借関係があるものとして競売期日の公告にその旨の公告をなし、その最低競売価格も本件農地の価格から賃借権の評価額を控除して算定されたため著るしく安価なものになつており、また仮りに本件農地を競売手続によらず通常の売買によつて処分するとしても、右台帳の記載によつてその代金の約五割は所有者に入らず、小作人と記載された者の手に渡ることになるから、いずれにせよ所有者たる原告は甚大な損害を蒙むることになる。

四、右の如く本件台帳の記載行為は、小作地でないものを小作地と誤認してなされた違法な行政処分であるから、その取消を求める。と述べた。

被告指定代理人は、本案前の申立として、主文同旨の判決を求め、その理由として、本件台帳の記載行為は単なる事実行為に過ぎず、何等の法律効果も伴うものではないから行政処分ではない。従つて本訴は行政訴訟の対象たり得ないものを対象とした不適法な訴であるから却下されるべきである。

と述べ、

次いで本案について、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の事実中第一項の事実、及び本件農地について原告主張の競売手続が進行中であることは認めるが、その余はすべて争う。本件台帳の記載行為には何等の瑕疵もない。と述べた。

理由

原告の本訴請求は、被告が農地貸借関係の所有者台帳に原告所有の自作農地を小作地として記載した行為が違法であると主張して右記載行為の取消を求めるものであるところ、被告は右台帳の記載行為の如きは単なる事実行為に過ぎず、行政処分ではないから行政訴訟の対象たり得ない旨主張するので、まずこの点を検討する。

いうまでもなく、行政庁のなす一切の行為が行政訴訟の対象となり得るものではなく、そこには訴訟制度の目的からくる制約があるのであつて、行政庁の行為が関係者の権利義務に変動を生ぜしめる法律効果を伴う場合か、又は少くとも関係者の権利或は法的利益を直接侵害する場合にのみ、行政訴訟の対象となり得るものと解すべきである。

これを本件についてみるに、原告主張の農地貸借関係の所有者台帳は、農地法第八四条に基いて農業委員会が作成記載するものと解せられるところ、同条並びに農地法のその他の諸規定に徴すると、右台帳は農業委員会において毎年八月末日現在における小作地及び小作採草放牧地(同法第六条第五項により小作地、又は小作採草放牧地と看做されるものを含む)の所有状況を調査した結果をこれに記入し、右台帳を一定の期間一般の縦覧に供することによつて右調査結果の正確性を担保し、もつて同法第六条所定の制限超過小作地等に対する買収手続を適確に実施するための基礎資料となすことをその主たる目的とするものと解せられる。

従つて、右台帳の記載行為自体は唯単に農業委員会の調査の結果を表示するに過ぎないのであるから、もとより関係者の権利義務を変動させ、またはこれを侵害するような性質のものではなく、到底行政訴訟の対象たり得る行政庁の行為と解することはできない。

なお、原告はこの点に関し、本件農地については任意競売手続が進行中のところ、前記台帳に本件農地が誤つて小作地と記載されているため、右競売手続において本件農地に賃貸借関係があるものとして取扱われ、競売期日の公告にもその旨の公告がなされ、その最低競売価格も賃借権の価格を控除して著るしく安価に定められ、ために不利益を蒙つている旨主張するが、仮りに原告主張のような事実があつたとしても、そのような不利益は当該競売手続について法の定める不服申立手続をとることによつてその救済を求めるべき筋合のものであり、また原告は、本件農地について通常の売買をするとしても、前記台帳の記載によつてその代金の約五割は所有者に入らず右台帳上小作人と記載された者の手に渡ることになるから、所有者は損害を蒙ることになると主張するところ、その趣旨は必らずしも明らかでないが、若し本件農地の小作関係について右台帳に小作人と記載されている者との間に争いがあるのであれば、その者との間で通常の民事訴訟手続によつて小作関係の存否の確認を求めれば足りるのであつて、これらの場合、前記台帳に如何なる記載がなされているにせよそれは裁判所の事実認定の一資料となるに止まり、何等裁判所の判断を拘束するものではないこと明白である。

以上のとおり農地貸借関係の所有者台帳の記載行為は行政訴訟の対象となり得る行政庁の行為ではないから、その取消を求める原告の本訴は不適法として却下を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 矢島好信 谷本益繁 吉田修)

(別紙目録省略)

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